仕事を辞めてアメリカへ来て
インターン中に主人と出会い結婚した。新居は彼が住んでいたアパートで治安があまり良いとはいえなかった。まだ車は一台で平日昼間は徒歩とバスで過ごしていた。
子供が生まれ、近くのスーパーへ行く時、歩道のない場所をベビーカーを押して歩く。陽の当たるガソリンスタンドの前はホームレスの人達の昼寝場所だった。
「ここは歩くのにいい場所じゃないから歩かない方がいいよ」
赤いジャケットを着たジェフさんというホームレスのおじさんに毎度声をかけられた。
ジェフさんはジェフさんだけど、
違う名前を名乗りだしたり、
毎回私のことを覚えていなかったり、何度も子供の名前を聞いてきて、いい名前だねと目を細めた。
私には友達もいなかったし、
ジェフさんと立ち話をするようになってからガソリンスタンドの前を通るのが怖くなくなった。
次男が生まれる少し前に
車を買った。
歩く事を忘れて、
スーパーにも子供を乗せてヒョイと出かけられる快適さを得た。
ある日、
ガソリンスタンドの前で信号待ちをしていた。
前の車の窓ガラスを覗き込んで、小銭ありませんか?と聞いている男性がいた。
久しぶりに見るジェフさんだった。
私のところには来ないだろうな、
そう思っていたら、
トントンドンドン
と窓を叩かれた。
怖い。
私は明らかに不機嫌な顔をして
窓を開けた。
「よかった!よかった!
本当によかったよ!
車買ったんだな!安心したよ!」
手を叩いて飛び跳ねて喜んでいる。
信号が青に変わり、
私は走り出した。
ハンドルを握る手が震えた。
愚かな自分に腹が立ち涙が止まらなかった。
自分は醜い。
立ち場が変わると心が変わるのか。
今は改装され綺麗な建物になった
ガソリンスタンドの前を通るたびに
私はこの事を思いだして胸が苦しくなる。
どんな立場にあっても人間であろうと心に誓う。