人と食

人と食のエピソード。笑って泣いてカリフォルニア。

バター投資家

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キッチンのお花の写真を撮ろうとしたら映り込んだ2本の無塩バター、約200g。

お菓子作りには「室温に戻したバター」とレシピに書いてあることが多い。今日はなんか作ろうかな?と思ったら、まず朝起きてバターをこの位置に置くことからスタートする。ここは我が家のバターの指定席である。

 

料理に興味を持ったのは中学生の頃。

といっても、作るのはお菓子だけ。「食事」としての料理を頻繁に作るようになったのはそれからだいぶ先で、それまではお菓子を永遠に焼いていた。

収入のない中学生、お菓子作りのネックは材料の高さだった。特に日本はバターが高い。お小遣いでは賄えないぐらいバターが高く、無塩の発酵バターとなると手が出せない程高かったので、いつも製菓食材店のショーケースの中を羨ましく眺めていた。

このバターで作ったら、あのクッキーもあのパイもどんなに美味しくなるのだろうと。

 

高校生になり、お菓子作りはどんどんとエスカレートした。その頃には、地元の図書館に入り浸り、外国の食卓コーディネートの本やレシピに夢中になっていた。もちろん写真や絵のあるページだけに目を通していた訳だが、どのお菓子作りにも日本では規格外の大きさのバターがドカンと出てきたり、私の知っているバターよりも色が濃かったり滑らかだったりする。

もっともっとバターを使ってお菓子を作ってみたい。そんな気持ちがどんどん湧いてきた。

 

高二のある日、学校で友達と食べる為のブラウニーを焼いていたら、母が「友達とお茶をするからママの分も作ってくれる?」と聞いてきた。母は私よりもお菓子作りが上手で母の焼くシフォンケーキは私の友達が世界一と評するぐらいだったので、何で私に頼んできたのだろうと不思議だった。焼き上がったブラウニーを受け取った母は500円玉を2枚くれた。

これだ!と思った。初めて受け取った報酬にこれで外国のバターを買おうと意気込んだ。

学校帰りにバターを買おうと意気揚々と輸入食材店へ立ち寄る。珍しい外国のチョコレートや可愛らしいパッケージにお洒落な外国語の文字が書かれたお菓子に目が眩み、まさかのまさかだけれど、バターじゃないチョコレートを購入して店を後にした。

女子高生なんてこんなものだ。

自分が努力して美味しいものを作るよりも、目の前にある美味しいものを手に取りたがる。

それから何度も、母の注文でブラウニーを焼き報酬を貰い輸入食材店へ行ったが、バターは一度も買わなかった。ずっとお洒落なお菓子を買い続けた。その甲斐あってか、ブラウニーにぴったりのチョコレートを見つけた。フランスのヴァローナチョコレート。ブラウニーの中にしっかり閉じこもるチョコの香りと時間が経つとますます美味しく感じる不思議な感覚。

世界中で有名なチョコレートだとも知らずに、世紀の大発見だと喜んだ。

それから私のお菓子作りのパッションはとどまることを知らずどんどんと咲き乱れた。

あれほど高い高いと言っていた無塩バターは私のやる気と情熱を母が感じ取ってくれたのか、いつの間にか、言わなくても買わなくてもいつも冷蔵庫に入っているようになっていた。

「バター使うねー」と言えば使えて、断られたことは一度もない。

大学へ行っても、社会人になっても、バターは切らすことなくいつでもあって、何だかうまくいかない冴えない日や、お菓子でも焼いて誰かの機嫌を取らなくちゃいけない日や、好きな人に作る日も、作りたい時に、思い立ってすぐにバターを室温に戻してお菓子を作れた。

それはとても有難いことで、恵まれている環境だった。

そして、それが今日の生活にもつながっている。とても豊かな、憧れていた外国のバターのような暮らしが今ここにある。

 

 

 

 

 

今日は3月3日、

私のバター投資家の50回目の結婚記念日。

いつまでもありがとう。わがままな娘だけれど、わがままでいさせてくれてありがとう。