人と食

人と食のエピソード。笑って泣いてカリフォルニア。

北カリフォルニアにミッキーはいない。

カリフォルニアに住んでいると言うとイメージされるのは、ヤシの木にビーチにサーフボード、ディズニーランドにハリウッド、晴天でいつでもTシャツにヨガパンツにサンダルでドライブ!

残念ながら、これらは全部"南カリフォルニア"のイメージである。ロサンゼルスやサンディエゴが南カリフォルニア。私の住むサンフランシスコやサクラメント側は"北カリフォルニア"。ここからミッキーや大谷選手に会うためにはどんなに頑張っても車で6時間以上かかる。カリフォルニアは広い、日本の本州と同じぐらいの大きさがある。

北カリフォルニア

20歳の時、初めて降り立ったサンフランシスコ。

一番最初の印象は「寒い」だった。

ネット回線がまだぴーひゃらひゃらぴこんぴこんと歌っていた時代の話で、もちろんスマホはない。穴が開くほど繰り返し見ていた留学雑誌の「カリフォルニア特集号」にはTシャツにホットパンツで大学に通う人たちが溢れていた。その情報だけを頼りに私はサンフランシスコへ降り立ってしまった。

え?ここはカリフォルニア?わたし、来るとこ間違えた?スーツケースの中はもちろん、Tシャツにホットパンツにビキニにインラインスケート!

空港からサンフランシスコのノイバレー地区にあるホームステイ宅に着く間、車の外に見える景色に目を疑った。みんなジャケットを着ている…

わたしのサンフランシスコ生活は、「l ♡SF」と胸に書かれただっさいフリースを買うところからスタートした。

サンフランシスコの街は霧がかかり、1日に四季があるような街で、寒い朝でも昼間は汗をかくような日差しが差し込むこともある。

バスや電車が充実しているので、車を持たずに留学生活を過ごせたのは良かった。世界中の美味しい食べ物が集まっているのも私には好都合だった。そして、何よりサンフランシスコがとてもエネルギーに満ち溢れていた。

 

新しいことが毎日生まれる場所

周りにはAppleやGoogleなどがある気候の良いシリコンバレーがあり、世界中の人が目指す大学や会社が連なる。やる気のある優秀な学生が集り、夢を叶えた大人がたくさんいる場所。新しいものが生まれる場所。

当時、友達の弟がニューヨークで学生をしていて長期休みにカリフォルニアへ戻ってきて、「旧友を探すのに良いツールがあるから登録してみる?」とパソコンで見せてくれたのがまだできたばかりのFacebookだった。とにかく新しい情報が集まるのが早かった。スライムみたいなグニョグニョしたロゴの会社は後に青い鳥となって世界を羽ばたいた。あの時、なんの会社だよと笑ってないでインターンしとけば良かった〜と同年代の人と再会するとそんな笑い話が今でもでる。そんな彼らは、当時から機械が自分の代わりに働いてお金を稼ぐ時代が来ることを予想していた。コンピュータのシステムをなんちゃらして株価を見張ってもらうだとか、宇宙で使えるコンクリートがエネルギーを生み出すとか、カフェで「へー凄いねー」と聞き流していたことが時を経て今、あ、あの時これのことを言っていたのか!と結びつくことがある。

ミッキーも、ビキニで泳ぐビーチもないが、イノベーションが日常に溢れている。それが北カリフォルニアである。

 

今はサンフランシスコから北上しナパの近くに住んでいる。カラッとした青い空、美味しい野菜や果物にチーズにワインにビールにお肉に魚介。数時間のドライブで雪山にも行けるし泳げる湖もある。ナイター設備の整った野球場で平日も試合が出来る。教育もどんどん進化するし、柔軟に対応できれば子育てをするのにこれ以上の環境はないと思う。ただ、ここ10年で変わってしまったことも多い。

暮らすコストがベラボーに高い!

必死に前を向いて後ろを振り返らずに全力で走らなければならない。来るかも知れない高額な請求に恐れて立ち止まることは出来ない。常に前を向いて健康に留意して明るく生きる!それが出来なければここでの暮らしは想像できない。

無駄な心配をする時間があるなら、底抜けに明るい仲間とスポーツを観て、音楽に身体を揺らし、美味しいごはんを食べる必要がある。予想外のことは起きてしまったらその時に考えるしかない。自転車操業もこぎ続ける事が出来れば決して倒れないと自分に暗示をかけ、そう、もう笑って自身がミッキーになるしかない!

 

 

 

⭐︎おまけ⭐︎

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その後念願叶い、留学雑誌のカリフォルニア特集の表紙に。サンフランシスコはジャケット必須をアピール!