人と食

人と食のエピソード。笑って泣いてカリフォルニア。

赤いハンドミキサー

ういーん ういーん

ちちちち…

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早朝、まだ暗い中クレープを作る。

ちちちち…

「がんばれ!がんばれ!」とハンドミキサーを励ます。

泡立てる生クリームは1リットル。

大将が職場のミーティングに持っていくクレープを作っている。おもたせの大きなオーダーも久しぶり。

ちちちち...

「休憩する?」

ハンドミキサーを休み休み動かす。

 

このミキサーは19年使っている。もう寿命なのはとっくに分かっているけれど、苦楽を共にして来た相棒を手放すつもりはまだない。

 

19歳でカナダ留学を決めた時、日本の大学を休学しなかった。戻ってくる気がしなかったので退学届を出した。

カナダからアメリカの大学を受験する事に決め、来学期納金するはずだった大学の1年分の授業料を手にカナダへ渡った。当時、カナダの物価はとても安く、生活費と半年間の授業料が学費一年分で補えるぐらいだった。

はじめはホームスティを契約して、そこで暮らしながらアパートを見つけようと考えた。

アパートもルームメイトも見つかり、暮らしに最低限必要な寝具などを買う為にバスで行ける範囲にあるお店へ足を運んだ。予算は100ドル。

意気揚揚とお店へ入ると、目についたのは

「赤いハンドミキサー98ドル」

ずっと本の中でしか見た事のなかった憧れのキッチンエイドのハンドミキサーだった。

迷いはなかった。

しばらくはダウンジャケットを来て寝ればいいや!と帰りの足取りは軽かった。

 

それから、アメリカ、日本、アメリカと苦楽を共にして来た赤いハンドミキサー。

 

 

ういーん ういーん

「がんばれ、7分立てだよ!がんばれ、あと少し!」

ちちちち...

 

今日も励ましながらお菓子を作る。

励ましながら私が励まされている。