人と食

人と食のエピソード。笑って泣いてカリフォルニア。

やっぱり賢い人は足りている!

こちらカリフォルニア、新学期が始まってすぐのこと。

帰宅した中1の息子が、

「〇〇、アイツすっげーバカだと思ってたんだけど、天才だった!まじやられた。」と靴も脱がずに言ったので、私は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。

〇〇とは野球仲間の友人である。隣の小学校出身で、中学で同じ学校になり、今学期から初めて数学のクラスが一緒になったらしい。野球ではキャッチャー兼ピッチャーで強打者でもある。いつもヘラヘラしていて、明るくって、差し入れのドーナツを4つは食べ、他の国の文化や食べ物にも興味があるので、息子とお弁当を交換したりする、ザ、カリフォルニアの子!という印象の子である。

どんなふうに天才が発覚したの?と聞くと、

「頭の作りがぜんっぜん違う。先生がどこまでみんなが解けるかな〜と難しい高校レベルの数式を出してきたんだ〜僕は記号すら分からなかったけど、あの〇〇は隣でワクワクする〜って言って答えてた!」と返ってきた。

その話を聞いて、今まで野球して、ふざけ合って、ご飯食べてた友人が天才だと気がついたことを思うとおかしくってたまらなかった。

 

アメリカには天才が多い

きっと他の国にも同じぐらい天才はいて、子供達はみんな多彩な可能性を持っている。

ただ、アメリカはそんな天才を拾い上げるのが上手すぎる。得意なものを伸ばす教育に長けている。合理主義のアメリカらしい考えでもあるが、良いところは環境さえ整っていればぐんぐん伸びる。逆にみんなの不得意なところに力を入れて底上げしようとするにはこの国は大きすぎる。時間も労力も莫大なものになってしまう。

 

賢い人は足りている

幸いにも私はこのことに早い段階で気がつけたので、子供達の教育に関して焦ることはなく「どうなるか楽しみ」とコーヒーを飲みながら眺めている。

圧倒的天才と勝負をする必要はない、だって賢い人は十分足りているから。それより、好きなことを見つけてとことん極めて欲しい。

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自分の山を見極める

人生を山に例えるならば、美しい自然の中で出会う仲間に恵まれて、起こるハプニングにもみんなで手を取り合い、歌を歌ってご飯を食べて、楽しい時間を過ごしながらやっと頂上まで登った時に、近くにもっと高い山があるのを発見して、ちくしょー!あっちの方が高いじゃないか!とは思わないと思う。登ってきた自分の山が自分に合っていれば、へーあんな高い山もあるんだな♪ と思うだろう。自分の登る山を自分で見つけて登ってきた人に後悔はない。

最初から高い山の麓にいて、スーっとヘリで上がってくる人を見つけても人は人だと思い、ずるいとは思わないだろう。あっちの山も登ってみたければ登りに行けばいいし、ヘリに乗りたかったら乗り方を聞いてみればいい。

自分の山を見つけるのが上手な人たちがアメリカにはたくさんいる。

ちなみに私は自分の山が気に入り、山の中腹で小屋を建ててすっかり定住してしまっているタイプである。私にはここまでくるだけでも十分な冒険だったので良いとしている。小屋でこれから登る人や下山してくる人たちに温かいご飯やお茶を出し、どんな景色を見てきたかを聞き楽しんでいる。そんな山での暮らしが心地よい。

 

 

なら、

賢い人にならなくていいなら今何を目指すのか?

自分の持つスキルをアピールできる子になって欲しいと思っている。

こんなこと出来るんです!こんなこと好きなんです!伸ばしてください!はったりでもいいからアピールし続けて、気づいてもらえる人に出会うまで発信できるかが重要だと思う。挙げた手が小さければ小さいほど、山を見に行く時間があるし、自分の山を探すチャンスが多い。ヘリにだって乗りたければ乗れるのがアメリカである。

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