サンフランシスコで学生をしていた20歳の春休み、当時受講していた植物学のレポートを書く為という名目でニューヨークへ一人旅へ行った。王手百貨店メイシーズのフラワーショーのレポートを書いたらきっと言葉足らずの私にも高評価をくれるはず!という正当な理由を見つけ飛び出したけれど、もちろんレポートより観光に精を出した。
お腹いっぱい一生分のピカソを見て、毎朝1泊20ドルのユースホステルから歩いてハイソなアートギャラリー巡りをした。ルームメイトから借りてきた良質なバッグを身につけるとそれなりに怪訝な顔をされずにどのギャラリーにも入ることが出来た。いつものグレゴリーのバックパックで来なくて正解だった。
目が飛び出るぐらいの価格で落札されている美しいアート作品を何日も見て、あーこういうものを所有するという人生があるのだなぁと世界のニューヨーク、その一流を感じた。
そんな一流に浸った三流の私が滞在中ずっと心を奪われていたのは四角いドーナツだった。四角いのにちゃんと真ん中に穴の空いたドーナツは何で四角く作ってみたんだろう?と謎めいていて、丸いドーナツよりも大きくてお得な気がした。
ドーナツとコーヒーを持って公園へ行き、今日はどこの美術館に行こうかなと地図を広げたあの朝は私のニューヨークの朝である。ドーナツの穴から鳩を覗いて空を見上げて、あーここが何度も映画の中で観た憧れのニューヨークなのか!私ニューヨークにいる!とワクワクを越したゾクゾクする様な場所にいる自分に酔いしれた。
ウルティマツーレ
数日前にまた一つ歳を重ねた。
あの頃の倍以上の歳を取りながら、気持ちはあまり変わっていない。相変わらず花より団子で食べることばかり考えている。たまにドーナツの穴を覗いたりもする。

美しい絵画を所有する人生ではないが、ちょっと手を伸ばせば、美しい食器は買えることに気がついてなかなか豊かに暮らしている。
今日はアートなウルティマツーレの話をしたいと思う。日本はゴールデンウィーク中で、東京ではタピオ•ヴィルカラ展が開催されている。

私の好きなガラス食器、ウルティマツーレもヴィルカラの作品の一つである。現行品もヴィンテージも等しく美しく、それでいて親しみやすい。ピッチャーにお皿、グラスやボウルと様々な種類があるが頻繁に使うのは小さなボウル。直径11.5cm

季節を問わず、盛る料理を選ばない包容力のある器。



ソースやドレッシングを作るのに使ったり、薬味を乗せたり、お料理をする時間を楽しくしてくれる。キッチンでキラキラ光るウルティマツーレを眺めていると、これはもう私のダイヤモンドだなと思えてしまう。
どこでも誰とでもすぐ友達に

他の食器ともめったに喧嘩をせず、仲良くできるのも魅力の一つ。


冷奴とご飯
山菜の煮物とコロッケ
どちらのセットもおかずの色合いが被ってしまうな〜となった時がガラスのウルティマツーレの出番!和食器とも洋食器とも分け隔てなく仲良し。


時には韓国料理の豊かな副菜を盛り上げ、
また時には、縁起物のあしらいと共に凛とした姿を見せてくれる。
いつも手を伸ばせばそこにアート


スペイン産のシコイワシをスーパーで見つけたあの日は、イワシをオイルで煮ながら、ウルティマツーレのボウルにぴったりの形ね〜と声を掛けた。お料理はイワシのオープンサンド。



フルーツを乗せて、家族がりんご入れないで〜と毎回騒ぐコールスローサラダ、カリフォルニアの美味しいイカで作ったセビーチェ。



大根おろしがこぼれ落ちそうな揚げ出し豆腐、子供達がまだ小さかった頃は食べにくいお豆やおからはボウルに入れてスプーンで食べさせていたな。



そうそう、クスクスやキヌアサラダもかき氷の様にこれでシャカシャカと。ヨーグルトは受け皿にウルティマツーレのお皿を添えてWウルティマツーレに。ラーメンに乗せる具がネギ以外何も思いつかない時の小鉢隊として出てきたこともありましたね。


もちろんデザートはお手のもので、何でも美しく仕上げちゃう!よ、皿美人!




ほんと、こんなに日々の見える景色を楽しませてくれる器ってあるのだなと感心する。ウルティマツーレに魅せられている。
あの日のドーナツの穴から覗いたニューヨークの景色の様なワクワクが、手を伸ばせばここにある。これが私には丁度よいアート。
